初めての自己認識は「何にもできない子」だった。

一つしか記事がないブログも寂しいので、帰省から下宿先に戻る特急電車の中で、連続投稿します。

キイロネズミ2世は、2X年前に生まれました。ちなみに年齢不詳というのは、見た目の話です(若く見られる。もう大学院生なのに中高生とかw)。幼い頃の最初の記憶は、風邪をひいて発熱し、それが治りがけの頃。居間で座布団を敷かれて(柄も覚えています)、その上に寝ていました。母が私の脇に体温計を挟み、熱を測りました。36度9分で、もうほとんど治りがけだったと思われる。数字が認知できるということは、もうかなり大きくなっていたのだろうか?座布団一枚の上に寝ていたので、だいぶ小さかったはず。3歳くらいではないかと思うのだが、定かではない。

保育園では、ずば抜けて背が低かった。運動もずば抜けてのろまでグズだった。引っ込み思案で、ごく一部の友達としか会話ができず、首を縦にふるか横にふるかだったような。

私の保育園のクラスには、T君という知的障碍を持った男の子がいた。幼い頃の私には、知的障碍というものがわからなかったから、他の子に較べていろんな局面でサポートが必要な彼を、私は、T君は「何にもできない子」なんだな、と思っていた。そして、この教室でもう1人の「何にもできない子」は私だと思っていた。

年中組の時、生活発表会で私たちは紙芝居を一枚ずつ持って、それを読み上げるという芸当を保護者の皆さんに見せる、という出し物をさせられた。T君と私の2人だけは、自分で紙芝居の紙を持っていることができなかったので、特別に裏に台紙が付けられて、手を離しても紙が立つように工夫されていた。

そういうこともあって、私はT君とともに、クラスの中で「何にもできない子」なんだな、と認識していた。

私の自己不全感とか、自尊心の低さ(これが所謂、認知の歪みらしい)については、この頃にすでにそれらの萌芽が現れていると言えるだろう。一般にASDの人は、自己を客観視するのが難しいと言われるが、なぜか私はこの時期に(当時4歳)、すでに自分に「何にもできない子」という辛辣な評価を与えていることは不思議である。それが正しい認知であったかどうかはともかく、誰かに怒られたとか呆れられた、いじめられたという経験をする前に、自分で自分の自尊心を傷つけることを始めたのは、無邪気にやったこととはいえ、今後の人生を考えると不幸なことだった。