いのちの電話とか、苦痛の定量化とか云々

いのちの電話、というサービスがありますね。

私はあれに、去年の今頃電話をかけたような記憶があります。不眠に悩まされて、ときどきゼミに出かける程度の引きこもりで研究は一向に進んでおらず、何のために生きているのかいよいよ分からなくなっていました。深夜に眠れないので悶々しているのですが、発狂しそうになる瞬間が何度かありました。

刹那的に、今すぐ楽になりたいと思うのです。

かけたんです。しかしなかなか繋がらないんです。まぁ、練炭を前にしているとか、首吊りの紐を用意しているとか、劇薬を前にしているとかいうわけではなかったんで、より「死」に近い人に電話が繋がってくれるのならその方がよい、という余裕もどこかに滲ませながら、それでもなんどもかけ直しました。

ついに、繋がってくれました。出たのは推定60代後半はいっていると思われるおじさん、いやおじいさんといっても過言ではないような声でした。なにを話したかあまり覚えていないんですが、話しても、結局は予想通りの答えしかないんです。

無償で請け負ってくれている相談員の人には感謝しています。思いを話すだけでも、幾分かマシになるのですから。しかし、やっぱり最終的には「精神病院にいけ」とか、「日光を浴びた方がいい」「あんまり頑張らなくていい」という文言が並ぶんですね。この種の電話相談は学部時代から時折お世話になっていましたが、大概そういう答えが返ってきます。

それで、私はそういう電話にかけてもどうしようもない、と思うようになりました。それでも、本当にどうしようもなくなったとき、近くに電話があればまたかけてしまうかもしれません。


あの頃と比べたら、今は相当よくなりました。時々ひどい落ち込みに見舞われるときがありますが、結構すぐに回復できるようになりました。

それでもやっぱり、生きるのがつらいことは確かにそうなんです。これは均一の尺度で測れることではないのですが、人生の苦痛は定量化できるんでしょうか?私は苦痛が大きい方です、これは間違いないんでしょうけど、果たしてどの程度平均をはみ出して苦痛なのか。

同様の理由で、「幸福度」というのも蓋然性に疑問があります。北陸の幸福度って高いんでしょう?出身者としては全然そうだと思わないんだけど。あれってどういう風に調査しているのかよく知らないので勝手に批判を加えることは慎むべきなんだろうけど。

だけどさ、都市部の方が幸福度が下がるのはそうだと思うよ。人が密集していると、人との交わりが希薄な割にはたくさん出会うことになる。そうすると、よく事情も知らないで比較する対象が増える。「嫉妬」という感情は相手と自分を比較するから生まれます。嫉妬すると幸福ではなくなります。ただでさえごみごみした都会で辟易するのに、さらに他人と比べてご覧よ……嫉妬心が生まれてご覧よ……考えただけで息がつまるようだ。

逆に考えるんだ。田舎の幸福度が高いのは、文字通り「井の中の蛙」だからだ。こうやって考えたら、北陸の幸福度が高いっていうのも大層眉唾な話だなと思うんですね……。


さすがに寝ないと明日の発表へろへろだな。すでにとっくに今日だよ。