いじめ問題のフォーラムに行った話

大学でいじめ問題のフォーラムがあったので行ってみた。自分の研究とは全く関係ない分野なのだが、昨日知り合いの先生が教えてくれて、にわかに行きたくなった。

なぜならば、大河内祥晴さんが講演されるとのことだから。この人の息子さんは3人おられる(正確にはおられ「た」)のだが、その二番めの息子さんは清輝さんという。大河内清輝さん。この名前を知らない人も、今となっては多いだろう。私も当時を全く知らない。

1994年、愛知県西尾市で1人の男子中学生が自らを命を絶った。壮絶ないじめを苦にしてのことだった。いじめの首謀者の同級生から金銭を脅し取られ、川に沈められるなどの悪魔の所業としか思えないような「いじめ」を受け、我慢の限界に達しての13歳の自決。

いじめ自殺事件といえば、大津の皇子山中学で起きたものが記憶に新しい。あれからもう、5年が過ぎ去った。

私が大河内君のいじめ自殺事件を知ったのは、高校一年生のときだった。「オワリナキ◯クム」という犯罪データを集めて公開しているサイトがある。今となってはプライバシー保護の観点で自粛して、ページが随分縮小してしまっている(自殺者録まであり、中には遺書を公開しているものもあった)。あのブラックな感じが私は好きだった。このサイトに、彼の自殺事件が載っていた(確か2016年11月現在もその記事は残っている)。

当時15歳の私は、その記述にショックを受けた。鬱屈した気持ちになって、しばらくそればかりを考えていたことを記憶している。サイトには彼の遺書の文面まで公開されていた。それをみただけでも、彼が本当にいい子だったことが分かった。

実は私は小・中学生の時いじめられっ子だった。主にそれは男子からのいじめだった。私は場面緘黙症を患っており、不安感が強いためにいつもビクビクしていた。要するに他の児童から見れば相当挙動不審なクラスメイトだった。そこで、私は目をつけられたのである。奴らにとって私は「馬鹿にして反応を見て、笑うためのオモチャ」であった。 私は「あぁ、奴らは下等な人間なので、私というオモチャが必要なんだな。どうせ住む世界が違う、あれらは違う人種なのだから気にする必要はない」と考えていた。奴らより優れた部分があると確信していたから、私は不登校になったことがない。それでも、まっすぐな心の成長はいくらか阻害されたと思う。

惨めな気持ち、どうしようもない悔しさはよく分かった。大河内君へのいじめは凄惨だった……私が彼と同じほどの虐待を受けたら、私だって死に向かったかも知れない。いじめ被害者の気持ちが分かるだけに、私の心は痛んだ。どうか1994年にタイムスリップして、彼をいじめから救ってあげたいとすら思った。相手がどんなワルの中学生でも、腕力で敵わなくて私がボロボロにされてもいいから、どうかタイムスリップさせて欲しいと思っていた。

だから、そのお父さんの話をぜひ聞きたいと思った。お父さんの祥晴さんは、清輝さんのようにいじめ自殺に至ることを二度と繰り返さないように願って、全国で講演し、いじめ被害者と文通するなどの社会活動をされている。

私が切なくなるのは、いじめで亡くなった清輝さんを「大河内君」と呼ばないといけないことだ。生きていたら私より年上であったはずの人を、「さん」ではなく「君」と呼ばなければいけないこと。しかも、いじめに遭わなければ失われなかった命だと思うとなおさら。

でも残念なことに現実主義でペシミストなので、いじめがなくなることはないだろうと思う。例えるならば、その病原菌の根絶は無理でも、必ず治るワクチンを作ることが必要なんだろう。

フォーラムに行って、こういうことを考えたのでした。おわり。