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あけました

躁状態っていうのはなんか、変なエネルギーのダイナミズムに押し流されて溺れるような感じである。私は双極性障害とか言われたことは特にないが、それ用の薬を処方されていた時期もあったのでまぁ……この躁状態っていうのはあながち間違いではないんだろう。ここ数ヶ月、自分を掴んで行動できたと思える時期なんてあっただろうか?人間なんらかの制約の中で生きているので、極論いうと全員生まれてこのかたそういう経験はほとんど「ない」とも言えるか。

私はこの種の変なエネルギーに突き動かされることがけっこうある。「他人のために動いてしまいすぎる病」がこの現象の正体である。こいつはなかなか厄介で、すごく身辺が忙しくなってしまう。(あの人は私が行くと喜んでくれるから行かないと)とか、(あの人に誘われたが、私は疲れている……だが、疲れていると言う私的な理由で行かないのはあの人に悪いのではないか……)などといった間違った利他思考に走るのだ。別に私が行かなかったらその人が破滅するわけでもなし、断ったところでせいぜい相手の反応なんて「あぁ、行けないの。じゃあまた今度にしよう」ケロッ。くらいのものです。わかっているんですよ。

じゃあ心を鬼にして断ればいいじゃないですか。その通りです。私の人生の舵取りを、そんな間違った利他思考に任せていいのでしょうか?全く良くないんですよね?

私は疲れた。新年早々本当に用事が多くなってしまった。もういやだ。去年の今頃はかなり自堕落な生活をしていたが、あの時の方がはるかに充実していたと言っても過言ではない。人に好かれたい病もたいがいにしたほうがいい。お前は自分に好かれたい病を発症したほうがまだいい。

自分に好かれたい病も行きすぎるとナルシズムに陥るが、そうではなく……あぁ、なぜ私はこんなにも歪になってしまっただろうか。人に好かれたいのは、自己愛の欠落を他で埋めようとするからだ。分かっているのに、適切な方策が頭に浮かんでこない。自己愛の欠落は誰か他の人に埋めてもらえるものではなく、私が私を愛することで解決するのだ。

しかしそれがわからない。母の胎内に置いてきたのだろう。そういえば私の母の子宮にはいま、小さな腫瘤があるらしい。まぁ更年期の女性にはよくあることで、子宮筋腫だそうだ。まったく根拠のない笑止千万なことを言うが、その筋腫が具現化した私の自己愛だったとしたら面白い。


……めっちゃどうでもいい話。