読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

鬱屈

大学に行く途上でうつ状態に入ったので、研究室に行くのを躊躇って休憩スペースに座った。

どうしてこうもジサツしたい気持ちになるんだろうか。実際にはやる勇気がないのにジサツ願望があるのだ。やる勇気がない願望。エア希死念慮である。1番めんどくさいやつだ。「ま〜ん(笑)」という言葉が私は頗る嫌いだが、まさしくこう揶揄されても仕方がない状態だ。

いまなら祖母がよく言っていた「身の丈にあったことをしろ」ということが、実は間違ってはいなかったとわかる。いや、そう言われて育ったので「身の丈」が随分成長を阻害されて、のびのび育ったらできたはずのこともできなくなっているのだろうから、正しい教育ではないと思う。絶対に。

しかし、今となってはもはや、「身の丈にあったこと」がよく分からない。現状では、学歴だけが妙に突出してしまっている。そのせいで無駄にプライドが高い無能となってしまった。祖母は多分、地元の高校を出てせいぜい地元の地方国立に入って(これでも相当すごいと私を褒めそやしたであろう)、地元の中小企業か役所にでも務めて、適当な年齢で見合い話でも来て「相応の人」と結婚するというのを期待していた。いまは、身の丈に合わない大学、大学院に行って、身の丈に合わないエリート家庭のエリート息子(ハイスペック)になぜか見初められたという状態にある。彼氏は顔だけで私を選んだというのが私の中で定説となっている。なんだこれ、なんのために大学院まで来たんだろう。絵に描いたようなま〜ん(笑)じゃないか。私が最も忌避するような人種に自身が成り下がっているという事実に笑ってしまう。

そして「身の丈にあってない彼氏と結ばれるのは罪だ……」という、誰も幸せにならない思い込みをして、鬱になっているのだ。なんのために生きているのかいよいよ分からない。女だもの、生物として、自分の伴侶を選ぶのに精一杯で当然よね!なんていうま〜ん(笑)。恥を知れ。

身の丈とかいう毒祖母ワードに私は縛り付けられている。そして、その毒祖母に育てられた叔母もその思想に染まっており、「キイロネズミちゃんは勉強を頑張らなかった方が幸せだったね、スペック低いんだから」みたいなことを言う。ほんとうに死にたい。