司書講習の夏はやたら長かった。

長かった。と過去形にして書いているが、まだ終わっていない。身バレを避けるために、どこで司書講習を受けているかを具体的にいうことは避けるが、私は短期集中(決して短くはないが)の司書講習に今夏、やってきたのです。

始まってからもうけっこうな日数がたっており、3分の2は日程を消化した。最近ブログを更新しなかったのは、この司書講習が大変ハードだったからだ。今もすぐさま寝たいくらい疲れているのだが、かねがねそろそろ更新したいと思っていたので、書こう。

私はこの司書講習の間京を離れているので、いつも通っている診療所(神経科)に行くことができない。そこで、学部時代にお世話になった(以前通っていたが引越しにより中断した……あ、身バレフラグ)病院に再び通い始めたのである。つまり、私は大学時代を過ごした場所の近郊に戻ってきているのだ。

こちらに戻ってきてから、いままでずっと考えてきた、「なぜこんなに生きづらいのか問題」を相変わらず考えていた。結局まだ答えは出せていないものの、ふとネットサーフィンをしているときに見つけた診断テストを行うことで、また私は新たな仮説を発見したのだ。それは、「愛着障害」である。

私は自分のことを理解するためには努力を惜しまないので、愛着障害についての本を購入して読んでみた。久々のお医者の先生にも、この疑いについて話してみた。そしたら、先生もそうだと思い至ったようである。私は、愛着障害の原因であるところの幼少期の養育環境について、あまりこの先生に話したことがなかったのだった。

愛着障害という精神病理は以前から名前を聞いていたのだが、それは「母と子の関係が悪いと発症してしまう」と理解していたため、私は母との関係が悪くないことから、スルーを決め込んでいた。食わず嫌いならぬ、「調べず嫌い」のような状態にあった。しかし、そんな白か黒かのような、母との関係が「いい」「悪い」だけで発症するか、しないかが決まるような単純なものではなかったのである。子供の脳は可塑性に富んでいるから、非常にデリケートであり、ちょっとしたことで発達段階におけるエラー判定が出てしまうのである。たとえば、養育者がちょっと鈍感な人で、子供の「ぐずり」に適切に対応できないことが多かっただけで、その子は根源的な安心感を得られなくなってしまう。この根源的な安心感というのが、生きる土台であり、人間の最初の発達段階である。

あからさまな虐待被害児は世間からもかわいそう、と言われるが、私のように表面上はそれなりに恵まれているように見える人間には、「社会不適合者」「人間の失敗作」という評価がつけられてしまう(というか、自分でそう評価していた)。

そしていま、四半世紀を生きてしまい、私は絶望して泣いてしまうことがある。私の脳はもう可塑性がなく、もう私の人生は閉じていると。しかし、どうにかしていまより「善く生きる」ために、自己実現を果たすために、私は失われた生きるための土台を探さなければならないと感じている。


司書講習の話を冒頭でしたきり放っておいたようだが、私の話はつながっている。司書講習を受けにきたことは、私の生きるための足掻きの最初の一歩である。この先の人生を生き直すための1つの試練として、あと少し踏ん張りたいと思う(その後に待ち構えている修論修論で毎日が試練の連続だが、今は構想を練ること、史料のまとめに集中し、まだ執筆していない……やばいが、まぁなんとか「する」)。