私の修士論文への葛藤

私は、修士論文を書くのにいま非常に苦悩している。アウトラインはできている。何を書くのか理路整然と説明はできる。だったら、普通はあと書くだけで、なんらの苦労は要らないはずだ。

しかし大きな問題がある。私にはこの3年間、研究生活が困難になるほどの問題が次々に襲いかかってきた。これらは私がしっかりしていれば防げたところも多い。異性がらみの問題や、性自認の揺れの問題、心気症、彼氏との関係についての悩み、自己否定感によるひどい抑うつや、希死念慮。すべて心の弱さから来ており、私が悪いと自責することは容易だ。だが本当に、容易だろうか。私にはどうにもできなかったのである。溢れ出す負の感情、不安、それらは薬でどうにか制御したが、その薬は副作用が強い。歩行がおぼつかなくなるようなものだった。

よって私の研究活動は遅々として進まず、「あまりサーベイできていない」という致命的な問題を抱えている。あと3ヶ月で出さなければならないのだから、いまさらサーベイしている場合ではない。だから、少しご法度な向きもあるが、今まで読んで来た少しのものと、あとはどうしても必要そうなものを掻い摘んでちょっと引用するだけくらいに留めないといけない。

なんだかんだ50くらいは読んだと思うが(しかしこれらも一部しか読んでいないのがほとんど)、本当はこれの倍くらいは読んだ方がよかった。まぁD進しない人の修論は得てして参考文献数が少な目になるので、とりたてて少ないというほどはないが……。

サーベイ不足で重要な研究潮流を見逃すことは最低限度、してはならない。しかしそれがないのであれば、自分の書きたい歴史像が大体定まっているのであれば、それらを書き起こせば良い。史料をしっかり読み込み、適切と思われる解釈を与え、新たな歴史像をその分野に付与してやることが重要である。

レファレンス数が少ないという問題を気にしているのならば、そんなのは最悪、元気になったあとに付け加えれば良い(提出後の差し替え……先生方に直談判したら認めてくれるだろう)。もはや、今となっては修了が最優先である。とにかく、締め切りまでに最低限のレベルには達しておくことだ。そのくらい、私の「はったり力」を持ってしてみれば余裕である。私には文章力があること、これは幸いだ。

それから、先生に私の置かれたこの3年間の苦しみについて情状酌量をいただくのを忘れないでおこう。どんな血反吐を吐く思いで、私はいたのか。私はとある事情から今年度絶対修了する必要があるので、最大限度の力は尽くすが、それでもサーベイ数が多くないし少ししか読み込めていない文献があるので、少々物足りない部分が出てくるかもしれないこと。

私は、私のために歴史学をやった。私がいま、少しでも苦しくない道を行くために選んだ学問だった。高校生の頃から私は精神が悪かった。それでもなんとか進むには、目の前にあるカードを切るしかなかった。私の目の前には歴史学社会学、心理学の3つのカードがあり、偶然が重なった結果、歴史学を切った。

将来を見通して、歴史学を選択したわけではなかった。学者になりたいというのも本当は建前だった。私が真に模索していたのはただただ、「どうしたら、苦しくなく生きられるのかなぁ?どうしたら、私は死にたくなくなるのかなぁ?どうしたら、どうしたら……」ということだった。

私の前にTちゃん(彼氏)が来た時、私は、歴史学の役目はここまでだと思った。彼女(女性名詞である)は確かに、Tちゃんのところに私を連れて来た。立派な役目を果たした。私はここで、歴史学への興味関心を喪失してしまった。

それと同時に、Tちゃんというできた彼氏との日々が始まる中で、私はアイデンティティの崩壊との葛藤が始まった。私は自己肯定感が著しく低い。彼には釣り合わない。だが彼に依存しており、彼がいないと生きていけない。それでも、彼には釣り合わない。

私は内部で分裂した。彼とともにいたい私と、私を消し去りたい希死念慮との戦いだ。彼と合一し自分をなかったものとするか、はたまた死ぬかの二択だ。私には決定的に自己肯定感が欠如していた。彼と「おんなじ人」になることでしか、私の生存の道はなかった。私は私を否定しているから、素晴らしい「かれ」と一緒でなければ、生きていくことはできない。

それなのに、彼は私には眩しくて、私は死んだ方がいいのかと思った。

生きるか死ぬかの葛藤がそこにあった。その中で、歴史学への興味などとうの昔に、地層の深いところに沈んでしまった。それでも、修論は書かなければならない。いま一生懸命、Tちゃんのところに連れて来てくれた優しい彼女との再会を果たすべく、私は頭を抱えながら、パソコンに向き合っている。