実家の家族からも子どもを産むべきではないと言われる

私だって普通に就職して普通に結婚して、普通に子どもをうんで育てる人生が欲しかった。しかしそれは違う世界線に生まれる私を想定している。この世界線では、生まれつき結婚するまでしか無理だったのだろうか。いまから私が子どもを産み、育てるような人生を送ることができるとは思えない。結婚だってどうせたぶん性別と容姿に助けられただけで、できないあるいはしなかった可能性の方が高かった。

昔語り合うことのできた中学高校大学の友人たちとはすでに人生のステージが違う。私はすごく低いステージにいる。就職することができず、結婚してオットに寄生しているだけだ。私には人生のくるしみを語ることのできる友人はいなくなった。

実家に帰ってきたら、同い年のはとこに子どもが生まれていた話を聞かされた。私は嫌な気しかしなかった。あぁあの娘は、私の高校のとなりの、「決してお勉強ができる方ではない子たちの集まり」と言えるような高校に通っていた。高校の時に最寄駅で会うと、私のことを彼女は「キイロネズミちゃんは賢いんだね〜」と言っていた。しかしいまは、貴女のほうがヒトとしてまっとうで、極めて賢いと思います。

そして親は「おまえは自分が子どもなので子どもを産むには早い」と言うし、祖母も「おまえは子どもを生まないほうがいい、育てるのはむりだ」と言っている。私は悲しい。私だって産める女になりたかった。しかし薬を飲まないと外出すらつらい日があって、一日1ターン制で、ろくなことをできずに1日が終わる私には無理だ。自分の人生にすら責任を持てない人間が、人の人生も背負うなんてできない。私の子どもは、私に似た場合うまく育つことはできず、思春期を迎える頃には社会不適合者になる可能性が高い。普通であれば、子の人生を背負うのは独り立ちするまでで良いが、私の子どもについては、私と同様に大人になっても他者に人生を委ねないと生きていけないだろう。

私はなぜこんなに苦しんで生きているんだろう。泣き言を言うことも許されやしない。泣き言を好きなだけ言わせてくれる人が欲しい。しかしそれはできない。みんな前を向いて生きており、後ろを向いて生きる奴のことをかまっている時間もないし非生産的だ。非生産的な私は死ぬしかないのかなぁとまで思う時もある。

LGBTの人を非生産的だと言って叩かれている議員がいるらしいが、私の方が非生産的だ。LGBTの人たちは社会に貢献している。杉田さん、LGBTを叩く前に私を叩いてくれ。私の方が真に生きる価値のない者だ。

慰めはいらない、どうせ底まで落ちたらあとは自然に浮かんでくるだけなのだから。